木島孝文のドローイング ― 紙にインク、あるいは線について


A.R.173 “Hypericum perforatum” Salome  《オトギリソウ》 2020      

木島孝文のドローイング ―― 紙にインク、あるいは線について

 

ドローイングは画家のイメージを直接的に表すことができる素朴な表現行為であり、紙の上にたった一本の線を引くことで、画家の思考を予感させる。ドローイングは鉛筆やインク、コンテ、木炭などのシンプルな素材を使い、紙の上に描くことが多く、時には水彩やグワッシュなどが使われて瑞々しい色彩に溢れた水彩画となる。彫刻家や画家、あるいは建築家にとって、タブローの傍にあるドローイングの仕事は、作家の感性や思想を自由に表すものとしてその魅力は尽きない。 

 

木島孝文のドローイングについて述べる前に、木島のタブローについて少し触れておきたい。木島の縦横約8メートルにおよぶ巨大な絵画を見たのは 2015年に開催した新国立美術館の「第18 DOMANI 明日展」である。美術館の空間を突き抜けるほどのダイナミックな絵画を今でも鮮明に覚えている。麻布にセメント、漆喰で基底材を作り、土や鉄粉、金銀箔、墨、胡粉、骨灰、膠などを用いた物質性の強い表現である。 平面絵画でありながら、半立体的に作品を作っていると言ったほうが相応しいかもしれない。作品は壮大なスケールと大胆な構成で、蛇や獣、魚、植物などが装飾性と力強い造形性で表現されて、まるで生命の起源を象徴しているようである。私はこれまで20数年にわたり木島の作品を見続けてきた、それと同時に紙へのシンプルなドローイングについてもたいへん興味深いものがある。

 

特徴的なのは紙の上に引かれた線の強さである。少女の顔や体の一部を描いたメモのような素描から、大作のためのエスキースドローイング、作品の設計図まで様々な表現が見られる。一貫しているのはペンとインクによるモノクロームの線描で描かれたフォルムであり、抑揚のない均一な線は、まるで日本画の古典技法である鉄線描に似ている。2020年にギャラリーナユタで開催した木島の個展 o Herbario(和名:植物標本)は紙の上に描かれた植物にまつわる小さな物語であり、限りなくタブローに近い紙にインクの仕事、ドローイングとも言える。20センチほどの紙片はあらかじめ絵具で染められ、その上にペンとインクで装飾的な文様や唐草、植物、動物、そして小さな人物がプリミティブに描かれ、所々に金泥や絵具で彩色されている。カリグラフィーのような文字で埋まる空間は、中世の植物写本を連想させる。素材はシンプルであるが、タブローのテーマ性と共通性があり、木島の芸術的な思想がこの小さな紙片に凝縮されている。タイトルの《オトギリソウ》《イラクサ》などは弟切草、刺草、などと和名にするとけっこう怖い名前がついているから面白い。《イラクサ》は幼い頃に読んだアンデルセン童話の「野の白鳥」に出てくる魔女の呪いを解いてくれる植物でもある。

 

o Herbario” の小さなドローイングに描かれた植物の物語を見ると、なつかしい記憶と共に自然への畏怖を覚える。そして現代の閉塞したパンデミックの呪縛から解き放たれることを祈る一片の絵を思うのである。

 

                                             内田あぐり(画家、武蔵野美術大学名誉教授)

A.R.175 “Urtica dioica” Elisa 《イラクサ》    2020

A.R.174 “Cichorium intybus” Wegwart 《キクニガナ》 2020